14歳の真夏のある午後、僕の部屋に突然、彼がやってきました。
ずうずうしくもいきなり土足で、彼は僕の部屋にあがりこみ、「今日からここに住まわせてもらうよ」と言ったまま、まるでドラえもんのように部屋の押入れに住み始めたのです。
彼はある時はエレキギターに、そしてまたある時はマンガやレコードに形を変えました。
僕はレコードのミゾを探してみたけれど何も見つからず、その代わりにハリを落としてみたら体が自然に踊りだしていました。
僕は誰も友達がいないとき、部屋で彼と遊びました。
人には言えないヒミツのハナシもたくさんしました。
そして決まって彼は僕が元気になると、いつも最後はケムリのように消えてしまうのでした。
その晩、彼ははっきりとした人間のカタチを借りて高円寺のライブハウスに出現しました。
いつもの散歩の途中、北口近くにある「ジロキチ」というライブハウスの前を通りがかった僕は、その晩の出演者ボードを見て自分の目を疑いました。
なぜ?って子供の頃から僕の部屋の押入れに住んでいた彼の名前がボードに書かれてあったから。
そしてもちろんボードには「チケットソールドアウト」の文字が。
僕は興奮して、ライブハウスの階段を駈け降りていきました。
とても冷静になれる状況ではなかったと思います。
その晩彼は、ボ・ガンボスのキョンさんやMOJOクラブの三宅伸治さん達とのセッションナイトで、幸いなことに階段の途中まであふれ返るお客さんのおかげで、どのスタッフもチケットを持っていない僕に気づく気配はありませんでした(ジロキチさま本当にごめんなさい)。
僕はカウンター横の人ごみを掻き分け掻き分け、なんとかすし詰めのホールの一番後ろまでたどり着きました。
モッシュで、狭いホール全体が激震する中、ステージを見ると、ダイブする観客のすきまから一瞬だけ、彼のあのするどい眼光と声が聴こえました。
子供の時からほんと何千回とレコードが擦り切れるほど聞いた、あのズ太い歌声と同じでした。
その瞬間、僕はもうワケが分からなくなって理性がきかなくなり、洗濯機グルグル状態の前方めがけて突進し、気づけば最前列の中央で、まるでキチガイのようになって踊っていました。
ライブ中、何度か彼と目があったような気がします。
「よお、ひさしぶりじゃねーか。よく来たな」
彼はするどい目つきで僕をにらみつけてきた気がして、僕も決して目をそらしはしませんでした。
ものの30分でライブは終わり、僕はまるで炭酸の抜けたコーラのようになって、ホールの後ろの壁にもたれかかり、へなへなと倒れこみ、今までの短いデキゴトを思い返していました。
しばらくすると、ホール横の楽屋控え室から、かわいらしいニット帽をかぶって彼が出てきました。
出待ちの女の子達が、一瞬で彼を取り囲み「帽子ちょーだい!」、「サイン書いてー」と叫んでいます。
僕はまたヘナヘナと立ち上がり、ゆっくりとホールの中央で女の子達に囲まれている彼に近づいていきました。
至近距離で見る彼は、テレビや雑誌で見ていたキバツな表情とはぜんぜん違い、背が高く、異様なほどヤせていて単純にナイスガイだと僕はボンヤリ思いました。
近づいたのはいいけれど声もかけれず、男一人でボーっと立ち尽くし、僕はよっぽどアブないヤツだと思われたことだと思います。
するとどうでしょう?
驚くことに女の子たちに囲まれた彼の方から、2メートル離れた僕にとつぜん話しかけてきたのです。
「一番前で踊っとった子じゃろう?ひとりで来とったんか?」
「…ハイ!!…
あっ、あの、ボクは……
あなたの歌が大好きで…
…あなたの歌に救われてきたんです…
うまく言えないんだけど、あの……
…あの、今夜みたいなセッションも良かったけど、…
…またブルーハーツも演ってください!!!」
「もちろんじゃ!マーシーも、あの男、今ガンバっとるしなー。もちろんじゃ!!」
僕は頭の中が真っ白になって喉がカラカラで、それだけ言うのが精一杯でした。
だって今までずっとケムリだった彼が、ホンモノの人間として目の前に出現したから。
そして最後に彼は
「自分でいればええんよ。次はおまえらの番じゃ。うまくやれよ!」
と、人懐っこい笑顔と、あのハスキーボイスで僕に言い放ち、スタッフやファンの女の子達にもみくちゃにされながら階段を昇っていき、まるで幻のように地上に消えてしまいました。
僕は急いでアパートに走って帰り、電話で思いつく限りの当時の友達にこの話を聞かせました。
それから数日後の夜。
アパートでFMラジオを聞いていた僕は偶然、ブルーハーツの解散発表を耳にしました。
あの晩、「(ブルーハーツの再始動も)もちろんじゃ!」といった彼も何もかも、すべてはやっぱり幻想だったのだと当時の僕は思いました。
あれから15年以上がたち、もうブルーハーツでもハイロウズでもクロマニヨンズでも、僕はもう何でもいい気がするのです。
今夜も部屋のスピーカーからは
「自分でいればええんよ」
と厳しくも優しく彼は僕を挑発してくるような気がするのです。